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実は初の電車遠征! 大先輩たちと日本技術のゆかりのあるところでガサガサ

井上さん&師匠から、「밀양(ミリャン 密陽)で採集するぞ」と誘われた。

事の次第はこの時に遡る。
簡単に言うと、師匠は井上さんとタナゴ釣り&採集の企画を別途立てていたのだった。この時に師匠が参加できなかったことへのリベンジか、まぁともかく師匠と井上さんが一緒に行くことになって、そこにわしが誘われたのだった。

密陽か……遠いなぁ、というのが、正直なわしの第一印象。
自動車で片道5時間コースとなれば、最低でも1泊2日コースとならざるを得ない。この時期に2日休む事ができるかという問題もあったし。しかし職場のほうで、1日半の休みがとれてしまった。それで、自家用車ではなく公共の交通機関を使って行けば負担も少ないだろうと思い、密陽行きを決意した。

問題は装備。採集を含めた現地活動に必要な最低限のものを集めた。
採集した魚を入れるのに小学生が絵を書く際に使うジャバラ式水筒。それに名札をぶら下げる際に使うひもをつけて、首からぶら下げられるようにした。
魚の生簀はズバリお魚キラーそのものを用意した。
魚を持ち帰りたい場合に使う道具として、ジッパー袋も用意した。うまくいくかどうかは別としてな。
そして肝心の족대(ジョクデェ 大陸式のサデ網)だが、こればかりはコンパクトなものを用意できないので、ロッドケースを購入して、これに入れて持っていくことにした。

そして、公共の交通機関だが、今回はバスではなくて鉄道を使っていくことにした。
1日目。午前中に仕事を終え、家に帰ってすべての支度を整えて、가평(カピョン 加平)の駅へ。わしの家の近所の駅では、ITX(韓国の特急電車。最高速度180Km/h)がほとんど止まらないからな。わしの家の近所の駅から鈍行でソウルまで行ったとしても、時間がかかるだけだし、途中で2度乗り換えしなければならない。一方、ITXに乗れば、용산(ヨンサン 龍山)まで乗り換えなしで行ける。
かくして龍山駅から地下鉄1号線に乗ってソウル駅へ。龍山駅からソウル駅まではたった2駅なのだが、思った以上に乗り換えに時間がかかり、ソウル駅に着いたときには乗りたかったKTX(韓国の超特急電車。最高時速300Km/h)がちょうど出発したところだった。この列車に乗れていれば、乗り換えなしで密陽駅まで行けたものを。
仕方がないので次の列車に乗り、동대구(トンテグ 東大邱)駅で乗り換えていくことにした。


わしが乗り込むことになった車両は、KTX산천(サンチョン 山川)という、比較的新しい車両。ちなみに산천というのは、산천어(サンチョノ 山川魚 和名ヤマメ サクラマス Oncorhynchus masou masou)から来ているらしい。


KTXは皆このとおり連接台車。だからジョイント音は、ガタンゴトンーっていうのではなくて、ロマンスカーと同じような感じ。10両編成で、一番前と一番後ろのみがモーター車。


わしが乗り込んだのは、グリーン車に相当する「특실(トゥクシル 特室)」。だって席がそこしか空いてなかったんだもん。それでも東大邱まで59500ウォン。ちなみに営業キロ293.1Kmで所要時間1時間50分ほど。
シートの列をご覧になれば分かると思うが、特室のシートは3列。普通車指定席に相当する일반실(イルバンシル 一般室)はシートが4列。KTXは在来線路線にも乗り入れて走るので、普通の新幹線よりも幅が狭い。


東大邱から密陽までは무궁화호(ムグンファホ 無窮花号 在来線の各駅停車ではない普通列車)で所要時間約40分。電気機関車が牽引しているのでこの列車は客車。駅から出発するたびに、連結器が引っ張られて伸びる衝撃が走る。
なお、無窮花号であったとしても座席は基本的にすべて指定席だ。自由席というのがない。その代わり立席券があって、座席指定されたところには座ることはできないけれども、数は少ないがデッキ部分に立席券で乗車した人のための折りたたみ椅子があったりする。


無窮花号が遅れた関係で、40分近く遅れて密陽到着。駅で無事井上さんと再会できた。
師匠はこの日遅くまで仕事があるとのことで、合流は翌朝ということになった。

ひとまず密陽の町に繰り出して食事。
その際に井上さん、密陽の町は初めて来たはずなのだけれども韓国在住の友達に「前に一度タナゴ釣りに来ているんじゃないか?」と言われたそうな。
実は2010年春に師匠や井上さん、達人조先生といった面々で임실(イムシル 任実)・함양(ハミャン 咸陽)・산청(サンチョン 山清)に出かけたことがあって、旧日韓ちゃんぽんにも記事にしたのだが、その際密陽も候補地に入っていた。その際はやはり遠いという地理的問題のため、密陽に行くのは断念した。ただ井上さんはその際に密陽にとても行きたがっていた。それで韓国在住の友達に「密陽に行くぞ~」と話していたのではないかと察する。

拾ったタクシーの運ちゃんに「おいしい肉のにおいがしまんなぁ」と言われながらホテルに戻る。コテコテの慶尚道訛りはわしの耳には時々何を話しているか訳が分からないが、慶尚道訛りの話し方をする友達の多い井上さん、タクシーの運ちゃんとの会話も実にそつなくこなされる。

ホテルでは作戦会議と称して魚関係の話をいろいろ。作戦会議といっても翌日師匠の車に同乗するだけだからな。
井上さんが持ってきた本(師匠にプレゼント予定)の中に、おいかわ丸博士執筆の記事があってすごく盛り上がったり。


さて翌日。朝から高速道路を飛ばして駆けつけた師匠とさっそく合流して、一路川へ。その際師匠が一言。
「これから行くところは、歩いて行けば近いのだけど、車で行くのでちょっと遠回りになる」
歩いて行く場合は密陽駅の近くから山道を越えて行くそうだ。どうやら師匠はこれから行く場所を何度となく訪れているようだ。
かくして現地到着。


着いたところはこんなところ。見つめる師匠と井上さん。師匠はこの堰を、「100年以上前の建築物」だという。
川の名前は밀양강(ミリャンガン 密陽江)。낙동강(ナクトンガン 洛東江)の有力な支流のひとつだ。名前のとおり、この川は密陽の市内を流れる川である。


堰を別なカットから。いつもは濡れずに渡れる堰の上だが、今回は水が少し増えている関係で、長靴を履いて渡るしかない。井上さんは靴を脱いで渡る。
写真の手前は堰の上も下も浅く、流れもゆるやかか、ほとんどない状態。写真の奥のほうは深くなっており、流れもある。堰の下は写真の手前から奥に向かって水が流れており、一部は早瀬となっている。

井上さんは魚道に腰掛けて、そこでタナゴ釣りに挑戦。師匠は堰の上側に釣り糸をたらしてタナゴ釣り。わしはというと、いろいろ動き回りながらガサガサを試みた。

まず堰の上側。上の写真手前側は베스(ベス 和名オオクチバス Micropterus salmoides)の稚魚が群れを成しており、かなりがっかりする状況。ところが、ちょっと岸を離れると魚相は面白い方向へと変化する。黄色の地に黒いラインの入る稚魚がたくさん泳いでいるので、돌고기(トルコギ 和名ムギツク Pungtungia herzi)かと思ったら、なんと참중고기(チャムジュンコギ 和名ミナミヒガイ Sarcocheilichthys variegatus wakiyae)がわんさか。こりゃすごい。もちろん돌고기や쉬리(シュイリ 和名ヤガタムギツク シュリ Coreoleuciscus splendidus)の稚魚もいるのだが、こんなに참중고기がたくさんいるのを見るのは、구례(クリェ 求礼)でのガサガサ以来か。

また、堰の上の水中でいわゆる「バリスネリア」がたくさん生えていた。これって낙동나사말(ナクドンナサマル 和名なし 洛東螺子藻 コウガイモの近種 Vallisneria spinulosa)という奴かな? わしの住む近所ではバリスネリアなんて見られないからな。思わず一株ゲット。

そして、この辺では참붕어(チャムブンオ 和名モツゴ Pseudorasbora parva)、칼납자루(カルラプジャールー 和名コウライボテ Acheilognathus koreensis → Tanakia koreensis)、각시붕어(カクシブンオ 和名ウエキゼニタナゴ カラバラタナゴ Rhodeus uyekii → Rhodeus sinensis)といった魚がとれた。

堰の横をずっと歩いていって、流れのあるあたりになると、先ほどの참중고기や쉬리のほか、큰줄납자루(クンジュルラプジャールー 和名オオイチモンジタナゴ Acheilognathus majusculus)の稚魚がたくさん。堰の下も流れのあるところではやはり큰줄납자루の稚魚でいっぱいだ。큰줄납자루がこんなにたくさんいるというのは初めての体験だった。

そして魚道。魚道は完全に生きており、魚道の下部が石や砂に覆われてすっかり浅くなっているなんてことはなく、下から上までしっかりと深さがあった。魚道を整備する人がちゃんと仕事をしているのだと思う。
そしてその魚道では참중고기の成魚をゲット。

そのまま堰の下を練り歩いてみる。いわゆる雑魚はみな참갈겨니(チャムカルギョニ 和名不明 カワムツの新種 チョウセンカワムツ? Zacco koreanus → Nipponocypris koreanus)。師匠によるとNEタイプとのこと。そしてここでもやはり큰줄납자루の幼魚がたくさん。

そして早瀬だが……わしとしては早瀬部分に期待していた。ここはがんばってやらねばと思いつつガサガサやったのだが、なんでだろう밀어(ミルオ 和名不明 ヨシノボリの一種 Rhinogobius SP.)しかとれねぇ。(;_;)
早瀬なら수수미꾸리(ススミックリ 和名ヨコジマドジョウ Niwaella multifasciata → Kichulchoia multifasciata)がとれるだろうと思ったけどまるでダメ。쉬리すらとれない。師匠は今年の春、この場所で얼룩새코미꾸리(オルルクセコミックリ 和名ナクトンガンハナジロドジョウ? Koreocobitis naktongensis)も採集したという。なんですとー。わしときたらドジョウ一匹とれてないんですけど。
かろうじて꺽지(ッコクジ 和名コウライオヤニラミ コクチ Coreoperca herzi)をゲット。
そしてその下流の止水域では、납자루(ナプジャールー 和名ヤリタナゴ Acheilognathus lanceolatus → Tanakia lanceolata)とか블루길(ブルルーギル 和名ブルーギル Lepomis macrochirus)とかをゲット。広いところを30センチクラスの베스とか누치(ヌーチー 和名コウライニゴイ Hemibarbus labeo)とかが泳いでいた。

そうこうしているうちに師匠のお迎えで第4の人物登場。この人物はソウル在住の方で、出版社で仕事をしており、これから師匠と一緒に本を作るのだと言う。で、わしと同じくKTX等に乗ってやってきたのだった。

その人が来たところで、事実上そこでの採集はおしまいとなった。我々がこうしてやっている間に、다슬기(ダスルギ 和名カワニナ)をとりに近所の犬を連れた初老の夫婦やアジュンマご一行がやってきたりしていて、少々せわしなくなってしまっていたことも原因のひとつ。
ひとまずこの場所で処分したりリリースしたりする魚を写真に収めた。

베스(ベス 和名オオクチバス Micropterus salmoides)
베스(ベス 和名オオクチバス Micropterus salmoides)

꺽지(ッコクジ 和名コウライオヤニラミ コクチ Coreoperca herzi)
꺽지(ッコクジ 和名コウライオヤニラミ コクチ Coreoperca herzi)

블루길(ブルルーギル 和名ブルーギル Lepomis macrochirus)
블루길(ブルルーギル 和名ブルーギル Lepomis macrochirus)

また、この場所でとれた魚のうち、じっくり撮影するものやお持ち帰り候補は師匠の車に乗せた。その際に師匠が一言。
「あれぇ、いつの間にか납지리(ナプジーリー 和名カネヒラ Acheilognathus rhombeus)がとれてるねぇ」
え!? いつの間にそんなものが!? でもとったとしたらわし以外考えられないしなぁ。납자루と思った魚のうちいくつかが実は납지리だったりしたのだろう。


さてさて、師匠が「100年以上前の建築物」と呼んだこの堰の事だが、井上さんが写真に収めてくれたものがある。
ここの7枚目の写真、良く見ると堰の先に階段があって、山に続いている。
まぁその道というのが先ほど師匠が説明した「山を越えていく道」ということになるのだが、その途中にこのような立て札があるのだ。わしはこの場所には行ってなくて、3日目の日に井上さんが撮影したものを掲載許可してくださった。



용두보(ヨンドゥーボ 龍頭洑)
一名「松下洑」(洑=堰のこと)とも言い、我が国の近代水利施設の嚆矢(こうし かぶら矢 物事の最初)である。
日本人松下定次郎が1904~7年まで、巨額の私費を投じて、상남(サンナム 上南※)の野原に農業用水を供給するために建設された水路である。
龍頭洑は別途の動力なく水車を利用して水を供給する方式で、当時の最新土木技術が集約された施設である。

※訳注: 上南とは、密陽市上南面のことと思われる。密陽江をはさんで、ちょうど密陽駅の反対側にある平野。


という風に書かれてある。
「龍頭」と書かれているのは、これは密陽の地形を見れば一目瞭然だが、この밀양강(ミリャンガン 密陽江)という川、かつては相当な暴れ川だったようだ。その暴れ川を龍に例えるのは日韓中共通事項だ。
そして、水車。「韓国 水車」で検索してみればいろいろ出てくるように、韓国にとって水車は鬼門のような技術であり、1880年代まで水車や灌漑施設が充分発達しなかったようだ。
そこに松下定次郎という人物が、日帝時代が始まる前に渡韓し、私財をなげうって作ったのがこの堰というわけだ。
密陽という場所は、日帝時代以前から、日本の技術者達が住み込んで近代化を促していた場所だったのだ。日本の技術者達は今の密陽駅前にたくさん住んでいたようだ。

さらに面白い事が分かった。
この松下定次郎という人物、なんと井上さんの地元の岡山県出身だった。そして井上さんの話によると、井上さんの祖父が水脈鑑定士として渡韓していた年代と、松下定次郎氏が密陽で灌漑施設を作っていた年代とが一致するとのことだった。
井上さんのお祖父さんが密陽で仕事をしていたという確証はないらしいが、もしかしたら、井上さんのお祖父さんは密陽で仕事をしていた事があって、井上さんが密陽に行くのを非常に喜んでいたのかもしれない。

というわけで続く!
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tag : 洛東江水系

コメント

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No title

アキミツ様、こんにちは。この度もお疲れ様でございます。

龍頭洑(松下堰)の案内看板にマイタックルバッグを引っ掛けての撮影は失礼ですよね。その上、逆光・・・・情けない。
近頃の韓国内で日本人の功績を紹介する案内板は本当に珍しいでしょ。しかも設置後数年も過ぎていない様に見えましたし、設置者(蜜陽市長?)が親日罪で処罰されないか心配です。
何と無く気になったので撮影してましたが、松下さんが岡山県出身とは「아이고! 반갑습니다~」でございます。
早速に祖父の遺物を覘いて見ましたところ、「昭和2年(1924年)11月1日に黄海道安岳郡木浦府にて写す。40才」と記した写真が出て来ました。(写真館名は西島写真館 chosen chinnampo となってます。)松下さんとは少し年代と場所がずれるようですね。
ご紹介くださった「韓国農場視察報告および明治四十三年度水稲試作成績」の記事で、我が岡山県の蜜陽市農業への関わり合いなど興味深く学びました。有り難うございます。

というわけで続く!には、いよいよ「얼룩새코미꾸리(マダラ ハナジロドジョウ)」が出て来ますかな。わくわく!

Re: No title

井上様
今回も大変お世話になりました。

> 龍頭洑(松下堰)の案内看板にマイタックルバッグを引っ掛けての撮影は失礼ですよね。その上、逆光・・・・情けない。
> 近頃の韓国内で日本人の功績を紹介する案内板は本当に珍しいでしょ。しかも設置後数年も過ぎていない様に見えましたし、設置者(蜜陽市長?)が親日罪で処罰されないか心配です。

最近韓国の野党議員が法案をひとつ提出しましたが、実にタイムリーでエスプリに富んだコメント有難うございます。
こんなことはないかと思いますが、万が一どこかでこの写真が無断掲載された折は、「これ、おいらのタックルボックス♪」とほくそ笑んでいただけたらと思います。


> 早速に祖父の遺物を覘いて見ましたところ、「昭和2年(1924年)11月1日に黄海道安岳郡木浦府にて写す。40才」と記した写真が出て来ました。(写真館名は西島写真館 chosen chinnampo となってます。)松下さんとは少し年代と場所がずれるようですね。

なんと!北朝鮮のほうに行かれていたのですね。
衛星写真を見ますと、대동강の支流が流れていて、用水路や河跡湖がいっぱい見えますね。こんなところの用水路はコンクリートで護岸なんてやっていないでしょうから、さぞかし水生生物がたくさん棲んでいるだろうなと妄想しますです。

プロフィール

アキミツ

Author:アキミツ
97年から韓国に住んでいます。妻は韓国人、子供たちは二重国籍です。
韓国の田舎で野良仕事からサーバー管理まで仕事をしつつ、ときどき川に行ってはガサガサして魚をとってます。

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