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娘帰る

娘が日本から帰ってきた。
毎日のようにスカイプを通してビデオチャットをしていたけれど、実際に目の当たりにし、娘が一回り成長して帰ってきたことを実感した。

昨年、「日韓ちゃんぽん計画2011行くよ!」と娘を日本で勉強させる計画を発表し、送り出したはいいものの、行くときからトラブル続きで、別れの日には大震災に巻き込まれたりと、それはもう幸先この上ないスタートだった。
やれやれ。娘が日本暮らしを始めるにあたって、毎日のように起こる地震&飲み水はボトル入りミネラルウォーター&停電するかもよするかもよ、ってのが生活のデフォルトになるなんて、いったい誰が予想していただろう。わしもまさかこんな状態で娘を日本で生活させるなんて思いも寄らなかった。

しかしまぁ、学校から毎日(韓国に比べて)山のように出される宿題と、おじいちゃんおばあちゃんのしごきに耐え、本当に良くやってきたと思う。おまけに、こちらの学校にはプールがないからこのままでは一生体験する事ができなかったかもしれない「水泳」も、日本の学校で体験できただけでなく、週1回スイミングスクールに通わせてもらって、すいすい泳げるようになったとはいえないものの貴重な体験をさせることができた。

仲の良い子もできたらしい。毎日一緒に登校するグループに入って登校し、同じグループで帰ってくる。時々遊びに行ったり、また遊びに来られたりもしたらしいし、いじめられたとは言わなかったけれどもライバルみたいな関係になった子もいたらしい。

今年の2月いっぱいまで学校に通ったのだが、クラスでお別れ会もしてもらったらしい。わしは娘に「クラスの全員に手紙を書いて渡せ」と言ったのだけど、さすがにそれは無理とか言い出して、結局クラス全員へ贈り物を準備し、手紙は本当に仲の良かった数人にだけ書いて渡したようだが、お別れ文集はクラス全員からもらってきた。
それだけでなく、先日日本の学校では3学期の終業式があった訳だが、その終業式のときに、なんとまたクラス全員が娘に手紙を書いて寄こして来た。中身は似たり寄ったりで「私たちは今日3年生が終わりましたが、そちらはもう4年生ですね」なんてのばっかりだったけれど、こりゃ娘は本当にクラスの全員に手紙を書くことになりそうだな。
担任の先生には娘が自分で手紙を書いた。宛名や住所も自分で書かせた。エアメールだがエアメール用の封筒ではなくて女子が普通に手紙をやり取りする封筒を使用したものだから十分にスペースがなくて、表に宛先を、裏に自分の住所を書かせたら、自分の住所のほうが字が大きくなってしまったりした。

日本での生活に関しては、海外からの転入ということで住民登録をしたうえで、父と母(娘にとっては祖父母)には保護者という立場になってもらい、子ども手当の給付を受けた。子ども手当は思った以上に娘の生活の助けになったらしい。これらの行政手続きを「日本国籍を有する者」として行ったので、いろいろとスムーズに事が運んだようだ。
一方、「韓国国籍を有する者」としては、娘を「海外転出」という形にはしなかった。そのため、出入国管理法の関係上、娘の海外滞在期間は1年未満に限定された。これを越えてしまうと、海外転出ということになり、娘の住民登録番号が抹消されてしまうからな。法的には、1年未満の間にいったん帰国し、また出国すれば継続して海外留学ができるのだが、娘の場合韓国のパスポートの有効期間が切れてしまうので、在日韓国大使館でパスポートを作ってもらうのは面倒だったということと、韓国の学校のほうの手続きが面倒くさいことになりそうだったので、留学期間は1年とした。
実際、娘は学校にて、次の学年としてふさわしい学力を備えているかどうかのテストを受けた。テストの結果は問題なしということになった。ともあれ、日本側も韓国側も面倒な手続きをこれだけ避ける事ができたのも、二重国籍のおかげといえるかも。

韓国の学校での話だが、授業に対する態度も、日本留学の前と後とで変化があったようだ。ノートをちゃんととるようになった。先生の話を以前以上にしっかり聞くようになった。それでか、先日算数のテストは塾通いの子達を差し置いて満点をとってきた。別に日本のほうが算数が進んでいたというわけではない。

ただ、留学は良いこと尽くしではない。国語について、日本・韓国両方において「優秀とはいえない評価」が出てしまっている。習い事については、まるまる1年間のブランクが開いてしまったので、かつて一緒にやっていたメンバーとは行えず、1年遅れたメンバーと一緒にやっている。また1年間のブランクは友達関係にも影響が出ている。娘が親しくしていた友達は、他の友達と親しくしたいようだ。この辺の問題は、留学期間をさらに1年延ばしていたらもっと顕著になっただろうが、この差がだんだん良い方向に埋まっていく事を願うばかりだ。

それから、こんな事を書くといろいろ言われそうだけど、男親としては、娘の第二次性徴期に伴う各種イベントが何一つ起こらずに戻ってきた、というのが有難い。こういったイベントは父の目の前で起こってくれなければ困るというものだ。長いブランクを機会に、もうお父さんとは一緒にお風呂に入らないとか男の触ったものは絶対に触らないとかなんてことになってたら余りにもがっかりではないか。そういう意味でも1年間という期間はちょうど良かったと思う。

あと、娘が将来の目標を具体的に考えるようになって帰ってきたのが嬉しい。日本と韓国を行ったり来たりする仕事に就きたいと言い出し、特に会社持ちで宿泊できるという理由でスッチーを希望してる。スッチーになるためには英語もできなければならんと言ったら、「私英語もがんばるよー♪」とか言ってる。


娘を仲良く受け入れてくれた、日本の学校のクラスのみんなと先生に感謝。
娘に1年間投資してくれた、親父殿とお袋に感謝。
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コメント

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No title

こんばんは
いろいろ大変な時期で、ご心配もされた事と思います。
無事に元気な姿に出会えて何よりですね。

とてもよい経験になった事と思います。
そしてこの先の未来で、きっと大きな糧になっていくのでしょうね。

Re: No title

アヤヨシ様
コメント有難うございます。

2011年は関東から東北にかけて、日本の人全員が大変だったと言っても良いのではないかと思います。
娘もすっかり地震に慣れて帰ってきました。地震に関しては、ニュースに関心を持つようになりましたが、放射性物質についてはよく分かっていないようです。
こちら韓国で「放射能が移るから近寄るな」みたいないじめが今のところないのは幸いです。

ともあれ、この経験が娘にとって将来大きな宝となればと願うばかりです。
プロフィール

アキミツ

Author:アキミツ
97年から韓国に住んでいます。妻は韓国人、子供たちは二重国籍です。
韓国の田舎で野良仕事からサーバー管理まで仕事をしつつ、ときどき川に行ってはガサガサして魚をとってます。

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